稀に見る大混戦となったプロ野球セ・リーグの優勝争いは、巨人の勝利で幕を閉じました。昨季、圧倒的な強さで日本一に輝いた阪神タイガースは、なぜ連覇を逃してしまったのか。その要因を紐解くと、海を越えた米国NFLで新たに指揮を執るあるヘッドコーチの哲学と、奇妙なほどに符合する「勝負の鉄則」が浮かび上がってきます。
誤算だった「現有戦力」への過信
結論から言えば、阪神の敗因はライバル球団との間に生じた「上積みの差」にあると言わざるを得ません。
阪神はここ数年、生え抜き選手を中心としたチームビルディングを推し進めてきました。昨季の18年ぶりのリーグ優勝、そして38年ぶりの日本一はその集大成と言えるでしょう。その成功体験もあってか、オフの補強は支配下での新外国人獲得をゲラ投手のみにとどめ、シーズン中の補強も行いませんでした。「現有戦力の伸びしろ」を信じた編成でしたが、現実はシビアでした。
昨季から大きく成績を伸ばした野手は森下選手程度にとどまり、多くの選手が昨季並みか、それ以下の数字に終わっています。投手陣に目を向けても、才木投手やビーズリー投手が飛躍した一方で、計算していた青柳投手や伊藤将投手に誤算が生じました。戦力が大幅にダウンしたわけではありません。投手層は依然として厚く、誰かが不調でもカバーできる体制は整っていました。しかし、中野選手が繋ぎの役割に徹して得点力を向上させるなどの工夫は見られたものの、チーム全体として「昨季以上」の大幅な上積みを果たしたとは言い難いのが実情です。
ライバルたちの劇的な「プラスアルファ」
阪神が現状維持に苦しむ中、ライバルたちは強烈な「上積み」に成功しました。
特に巨人の変貌ぶりは目を見張るものがあります。昨季4勝8敗と苦しんだ菅野投手が、今季は現時点で15勝3敗と完全復活。単純計算で昨季から貯金を16個も増やしたことになります。さらに23歳の左腕・井上投手のローテ定着、オドーア選手の退団というアクシデントを埋めて余りあるヘルナンデス、モンテス両選手の途中加入も救世主級の働きを見せました。
また、就任1年目の阿部監督の手腕も見逃せません。捕手出身者ならではの視点で、投手の代え時やイニングまたぎ、要所でのベテラン起用などが冴え渡りました。丸選手を1番に固定し、不振の坂本選手への信頼を貫くなど、ベテランの経験値を戦力として最大化したことも大きな勝因の一つです。
DeNAに目を転じれば、オースティン選手の爆発力が戦力図を一変させました。昨季は本塁打ゼロだった男が、打率3割1分1厘、24本塁打、68打点をマーク。今永、バウアー両投手の抜けた穴を、エース東投手の奮闘と新加入ジャクソン投手らで最小限に留め、そこにオースティン選手や梶原選手のブレークが加わったことで、明らかな戦力アップを実現しました。
王者が「守り」に入ったわけではないにせよ、挑戦者たちが死に物狂いで作ったプラスアルファの前に、阪神は「上積み勝負」で屈した形となりました。
NFL新指揮官が語る「打倒王者」のメンタリティ
「覇者を倒すためには、覇者を倒すためのチームを作らなければならない」――この普遍的な真理は、海の向こうのNFLでも同様に語られています。
ニューヨーク・ジャイアンツのヘッドコーチに就任したジョン・ハーボー氏は、NFC東地区でのチーム再建にあたり、極めて明確なターゲットを設定しました。それは、昨季スーパーボウル王者であり、今季も地区優勝を果たしたフィラデルフィア・イーグルスです。
ハーボー氏は就任直後のメディア出演で、「すべてはイーグルスから始まる」と断言しました。「イーグルスはディフェンディングチャンピオンだ。かつて私の父が教えてくれたミシガン大学のボー・シェンベヒラー監督の話を思い出す。当時、オハイオ州立大が王者だった時代、シェンベヒラーは『全ての決断、全ての練習はオハイオ州立大を倒すためにある』と説き、実際に就任初年度に彼らを破った」
このエピソードを引き合いに出し、ハーボー氏はこう宣言しています。「我々もイーグルスを倒すためのチームを作らなければならない。コマンダースやカウボーイズにも勝つ必要はあるが、王者はイーグルスだ。我々の練習、ミーティング、編成のすべては、彼らを倒すという目的のために行われる」
2024年、2025年と地区連覇を果たし、かつての自身ら(2001-2004年)以来となる支配的な強さを誇るイーグルス。その王者を単なる対戦相手としてではなく、「超えるべき基準」として徹底的にマークし、そのための準備にすべてを捧げる。これこそが、挑戦者が持つべき「上積み」を生むメンタリティなのです。
ポストシーズンへ、逆襲の可能性
阪神が今季、徹底マークに遭いながら接戦を取りこぼした背景には、この「打倒・阪神」で向かってくる相手をねじ伏せるだけのエネルギー、すなわち上積みが不足していた側面は否めません。
しかし、悲観することばかりではありません。9月に見せた猛追には、昨季日本一チームとしての確かな底力が宿っていました。阪神には他球団ならエース級の先発投手が6、7人揃っており、短期決戦となるクライマックスシリーズ(CS)では、その投手層の厚さが大きな武器となります。ファイナルステージに進んでも、投手の枚数不足に悩むことはないでしょう。
一度勢いに乗れば、球団史上初の2年連続日本一というシナリオも決して夢物語ではありません。王者の座を追われる側から、再び「挑戦者」となった猛虎が、CSという舞台でどのような「上積み」を見せるのか。真価が問われるのはここからです。
